準決勝のその先に。
「贔屓は探すもんじゃない、ある日突然薔薇の花束を持ってあなたを迎えに来る」
これは宝塚ファンの間で伝わっている話(らしい)。
こんなこと本当にあんのかよって信じてないふりしながら、いつか自分にもこんな瞬間が来たらいいのにって変に夢を見てた。
あの日、テレビのチャンネルが合っていなかったら。
あの日、画面にその人が映っていなかったら。
あの日、私がその場面を見かけなかったら。
薔薇より赤くて、ビビッドで、とんでもなくセンセーショナルな花束で頭を殴られることはなかったのだ。
「ビビッドで、センセーショナル」
これはNew Japan Cup2020準決勝の入場シーンで実況された一文。
まさに。まさにビビッドでセンセーショナル。赤い毛先を振り乱しながらリング上を縦横無尽に駆け回る猛獣。それがその人を初めて目にした時から変わらない印象。
準決勝でもその印象は変わらず。自らより20㎝も身長の高い相手に向かっていくその姿は意地とプライド、野生の塊といったようにも見えた。
私が初めてその人を目にしたのは半年前。
正月休みも残り1日となった深夜。たまたま点いていたテレビに映っていたのはピンク・ブルー・イエロー・ブラック・フラワー…カラフルなセットアップに身を包んで2匹の猫のぬいぐるみを両手に抱いた一人の男性。
急に走りだしてリングに駆け寄る、奔放に動けることをアピールするように柵に突っ込んでいく、どこか可愛らしい印象を残す顔を歪めて不敵に笑う。マイクを握って「もっと!もっと!!」と強気に煽る。真っ赤な毛先が暴れたりないとでも言いたげに揺れていた。
私はその挑戦的で鮮やかすぎる姿に目が離せなくなってしまった。
それは
「ある日突然薔薇の花束を持って迎えにくる」なんて生易しいものでなく。
「ある日突然薔薇より赤く、ビビッドでセンセーショナルな花束を抱えて殴りかかられた」そんな衝撃だった。
そこからはもう転がり落ちるように夢中になっていった。
今でも試合を見るのは少し苦手だ。
暴力的な場面は苦手だし、怪我をするような技が繰り出されると後遺症のことが頭の中をちらついて辛い(これは職業病か)
強気なマイクパフォーマンスは慣れないし。他の選手が繰り出す反則技には嫌気がさす。
それでもその軽やかで驚異的な身体能力から、意識を失いかけてもギブアップをしない意地とプライドから、鮮やかすぎるその姿から目が離せない。
あの時に感じた、「花束で殴られたような衝撃」が私の心を捕らえて離さないのだ。
まさか長い間嫌いだったプロレスを望んでみる日が来ることになろうとは。
レフェリーストップで敗北した姿を見て胸を打たれる日がこようとは。
私はこの人が夢を叶える瞬間に立ち会いたいと思っているたくさんの人達の、その中の一人になってしまったんだ。
いつだってビビッドでセンセーショナル、真っ赤な毛先を振り乱しながら縦横無尽にリングを駆け回る、セクシーで不敵な猛獣。
❝高橋ヒロム❞
その鮮やかな世界に、私はしばらく溺れているしかないようだ。